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縫製を未来へ

   

mary38

元縫製職人である代表伊藤と、職人さんの対談形式で行うインタビュー。長くアパレル業界でお仕事をしてきたmary38さんが、いま思うことを伺いました。

洋服のひと通りを経験

経歴を教えて頂けますか?

母が洋裁をやっていたので、小学生ぐらいから、母の手伝いをしていました。進路は自然と洋裁学校に行く事に決めていました。
どうせ入るなら厳しいところだと思いまして、目黒のドレスメーカー学校のとっても厳しいところで勉強しました。
課題の多さで睡眠不足になる学生生活でした。
当時は企画・サンプル縫製会社でアルバイトをしていたので、そのままアルバイト先に就職したんです。

パターン、裁断、縫製という服作りのひと通りの仕事でしたので、それが楽しくて。

学校の先生は企業を勧めてくれたのですが、やはり楽しい方に就職し、5~6年勤めました。

その後、お誘いがあって企業に転職しました。海外事業部だったので事務所がパリだったんです。
パリコレのパターンを日本に持ち帰り、日本サイズにして販売するお仕事でした。

縫製工場へも行かせてもらい、服作りの流れを知ることができました。

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結婚を機に退職してからは、友人からの紹介などでサンプル縫製のお仕事を受けていました。
その頃はバブルで華やかだったのでスケジュールを自分で組むのが大変でしたね。
(お仕事がいっぱいになると)お断りしながら1人で縫っていました。

ただ、子どもが生まれて子育てが大変になった時期に、同時に洋服(アパレル業界)もダメになってきて。ドーンとお仕事が減って。

それからは子育てしながら、お直しとか別の仕事などをしていました。ただ、お直しよりも作るほうが好きかなっていうのがあって、それで新聞広告のチラシにレンタルブティックの求人があったんです。

レンタルブティック?

そうです。なんか『楽しそうだな』と思って行ったら重宝がられて。
お客様に合わせたサイズ直しとかレンタル商品小物とか結構つくりました。

そこに6~7年勤めていたんですけど、目の方が辛いのと介護でやめさせてもらいました。

その同時期にソーイング教室の先生と知り合うことがありまして、その先生が定期的に展示会をするので、縫ってほしいという要望があり、教室のお手伝いをして、先生にパターンを教わり洋服を縫いながら、細々と自宅でこんな風にやっている所ですね。

中国には負けない

いまは決まった契約先からのお仕事は無いんですか?

企業さんとは、契約していないですね。

縫える方が少なくなっていて、企業さんも探されていると思うんですが、技術のある方を見つけることは難しいのでしょうね。

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この作品はご自身のものですか?

これは子どもが20歳の成人式の後に、パーティーがあるので、それ用に縫って欲しいと頼まれたドレスです。

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内側の生地がUSAコットンなんです。
娘を生地屋さんにつれていったんですけど、ドレスだから、私はレース(生地)の感覚でいたら、娘がこの生地で作ってって。

今の子の感覚なんですよね。冬なのでベルベットとコットンにラメジョーゼットをのせて作ってみました。

(佐藤)コットンでドレスを作る感覚ってなかったのでびっくりしました!

古い感覚ではなくて、若い子の考えを取り入れてちょっと手を加えていけば素敵なものができあがるんですよ。

(佐藤)言ったら作ってもらえるなんてお嬢さん羨ましいですね!

ガウチョとかは今年流行だったのですごい作りましたね。(笑)
中国には負けないっていうのがあって。私の仕事は全部中国に取られたので。
固定観念じゃなくて新しいものを作って行きたいですね。

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nutteを見つけた時に読みながら涙が出てきて

何年か前から考えていたんですけど、このままだと技術が無くなっていってしまう。
だからそれをどうにかして伝えていかないと。友人とも話していました。

だからといって私がこの技術を教え続けても、技術を習得した先に仕事が無いってなると、誰もやらないし受け継がれない。
技術が廃れちゃうよねって。どうなってしまうんだろうって話になっていた時に、nutteさんをみつけたんですよ。
見つけたときにパソコンを見ながら涙が出てきて。泣きながら読んで。こんな風にやってくれる方がいるんだって思って。すごくうれしかったです。

ありがとうございます。まずは職人さんに収入を得てもらって、弟子を育て得られるくらいになってほしい。それが目指しているところです。

嬉しいですね。今まで仕事をしても、収入がないから新しい人が来ないし。
好きだからってだけで出来るわけでもないし。友人も、別のアルバイトをしながらじゃないと縫製は続けられないという状況なので。

若い子が夢を持てないですよね。

そうですね。

企業にいたときに、検品っていっていろんな工場を回るんですけど、縫製工場さんは若い女性を採用して、そこでグループ形式で技術を育てていたんです。
若い子たちを自分の子どもの様に思って、育てていった工場さんもあったんですけど、いまはもうないですからね。

生き延びるだけで精一杯ですもんね。

そこの工場さんで働いていた方たちも、技術を持っているのに、違う仕事をしています。
仕事はしたいけどない。全部仕事は中国に取られました。そんな感じなので、育てる方向で教室を考えているんです。

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『洋裁』を明るいイメージに。

今後どう縫製と携わっていきたいと考えていますか。

プロ向けに、洋裁教室をしたいと思っています。

とても素晴らしい方がいらしたんですけれど、
その方は技術は盗むもの、として教えてはいなかったんですね。
本は残っているんですけど、継承はされていなくて。

ただ、いくらその技術をもったいないっていっても
仕事がなければ、なんにもならないんですけど。
いまはnutteさんを知ることができたので、
こういう技術を勉強したら、お仕事があるよって言えるようになるって思って。

技術はまだまだだけど、縫うのが好き、っていう方に教えて、そしてそれが広がっていって、
「じゃあ工場立ち上げよっか。」っていう若い方が出てきたら凄いうれしいですね。

『洋裁』ってなんとなくイメージが暗いので、とにかく明るいイメージにしていきたいって考えているんです。

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(佐藤)とても未来のあるお話ですね!

そうですね!nutteさんは忙しくなるでしょうけど・・・よろしくお願いします。(笑)

 

取材後記


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その技術を活かす場所がある限り、伝えていくべきだとmary38さんは言います。服作りを長年見てきたからこそ、次の世代へ明るい未来を残したいという思いが伝わるインタビューでした。

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